前田 稔
SBI証券元COO、CIO。 早稲田大学大学院理工学研究科を終了し、野村総合研究所入社。金融系データ・サイエンティスト、大手金融機関へのITコンサルを多数実施。著書多数。
2019/10/25 14:15
今、日本は空前のAIブーム。その中でも言語翻訳通訳ツールは成長が見込まれる市場の1つだ。私たちは今後、英語コミュニケーションやスピーキングをAIに任せておけばよいのか。逆にAIツールに頼らずに英語学習をすると時間の無駄に終わってしまうのか。通訳や翻訳などの仕事はAIに置き換えられて消えてしまうのか。IT界を創生期から経験し、常に日本IT界の中心にいた前田稔に話を聞く。
そもそも機械翻訳やAIによる通訳といっても、各国でかなりのレベル差があります。機械翻訳やAI通訳も、マイナーな言語ほど精度が落ち、逆にメジャーでよく利用される英語などの言語であれば精度は上がります。開発や投資の面から考えて同じ労力をかけるのであれば、より多くの人に使われる言語がターゲットにされるというわけですね。そこで言うと、日本はマーケットが大きいとは言えないので今後もあまり投資されないことでしょう。ユーザーが1億人しかいない日本語対他言語間の機械翻訳やAI通訳は事業として採算がとれないかもしれないからです。
また、コストも言語によって変わります。文法が似通っていればまだ楽、例えばドイツ語⇔英語など、同じヨーロッパ言語をベースにしているものは、開発費も低くなるでしょう。アルファベットという同じ表記を使っていたり、単語や文章の成り立ち、そして発音も近しいので、より簡単です。一方で、日本語と英語は、表記、単語、文章、文法、音など何から何まで違います。マーケットが小さく成長が望めない割に、投資費用が大きいのでビジネスとして魅力がないんですね。
日本文化は語らなくてもわかれという文化です。つまり、空気を読めとか察しろという文化ですね。良く解釈すれば相手の気持ちをおしはかる言語で、文化水準はとても高いと思います。話さずとも分かり合ってるわけですから、コミュニケーションの究極の形と言えるかもしれません。しかし、機械翻訳やAIによる通訳の立場ではこれが問題となります。言葉以外のところでコミュ二ケーションが成り立つ部分が多いので訳すことがとても難しくなってしまうのです。 次に文字。文字の多さです。日本語はひらがな、カタカナ、漢字3種類あって、漢字は最低3000字は知らないといけません。日本語はあいうえおで50字、漢字で300字は0覚えなければ、意味を知るどころか読むことさえできない。一方で、ほとんどのヨーロッパ言語では、アルファベットしかないので、少なくとも27文字知っていれば意味はわからなくても読むことはできるんですね。これは機械翻訳やAIによる通訳での大きな障壁となります。
今の世界二大経済圏である、アメリカと中国は機械翻訳やAI通訳の先進国となるでしょう。中国語⇔英語は15億のマーケットがあり、大きな需要が見込めます。また言語の成り立ちも日本語より英語に近いので、開発コストは日本語よりも大分おさえられるはずです。
人口の多さ、経済的なパワー、基本的にこの2つで機械通訳やAIによる翻訳の品質レベルが決まります。わたしは1990年代バブル高度経済成長期にイギリスに滞在していた経験がありますが。あるイギリス人の女性は日経新聞を日本語で読んでいましたからね。それくらい経済は言語に対する人の投資と密接なのです。
医学を知りたいから、蘭学といってオランダ語を勉強していた時代が日本にも昔ありましたね。このように、必要な情報をその言語圏がもっているかどうかは言語に対する人の投資を考える上で大きなポイントです。当時江戸幕府は鎖国でオランダしか交流しかなかったので、医学を知ること=オランダ語を勉強することであったというわけです。このように学問は言語と深く関わってきます。今世界中の論文は英語で書かれるようになっていますから、英語は他の言語圏から見ても翻訳や通訳のニーズが世界で一番高いです。
学問だけでなく、文化コンテンツも大事です。私たちが英語に興味があるのも、海外の音楽や映画に興味があるからかもしれません。日本語うまい外国人だって、だいたいアニヲタやJ-popマニアですよね(笑)。コンテンツが先進的で魅力的あれば、ユーザーはそのコンテンツを通してその国の言語を自然と学んでいくんです。
機械翻訳やAIによる通訳の進歩は、経済力、人口、マーケットの大きさ、論文の数、そして文化コンテンツと様々な要因があります。日本は、学問や経済という面であまり関心を呼ばないものの、こと文化物に関しては世界から見てもまだ優位があると思います。