前田 稔
SBI証券元COO、CIO。 早稲田大学大学院理工学研究科を終了し、野村総合研究所入社。金融系データ・サイエンティスト、大手金融機関へのITコンサルを多数実施。著書多数。
2020/01/10 14:15
今、日本は空前のAIブーム。その中でもAI翻訳・通訳ツールは成長が見込まれる市場の1つだ。私たちは今後、英語コミュニケーションやスピーキングをAIに任せておけばよいのか。逆にAIツールに頼らずに英語学習をすると時間の無駄に終わってしまうのか。IT界を創生期から経験し、常に日本IT界の中心にいた前田稔に話を聞く。
翻訳や通訳の難しさってのは、うまく伝えることにあるんです。コミュニケーション力がそれにあたりますが、言葉や思いってただ伝えただけではあまり意味がないんです。コミュニケーションにはセンシティブな部分があるということ。つまりい人の心を動かさなければならないということなんですね。ビジネスで言えば合意形成だとか、信頼関係、好感度、興味などがそれにあたるでしょう。伝えるということには、目的がありますからただ伝えればよいというわけではありません。感情や文化などの心が入り混じった複雑なコミュニケーションをとる必要があるのです。
米国ロックバンドシカゴの名曲「Hard to say I am sorry」ですが、邦題は「素直になれなくて」になっています。直訳すれば「ごめんなさいと言いづらくて」なのですが、この直訳だと日本ではヒットしなかったかもしれません。レコード会社や版元は、日本人の心を動かすためにこの曲の邦題をつくりました。曲の内容を全て理解するのはもちろんのこと、日本人の心情をよく察し、当時の流行や社会背景、男女の恋愛の在り方に至るまで様々なことを考えなければならないのです。
翻訳は究極的には、文化背景も含めた全体を理解すること、そして伝える相手の文化的特性をよく理解することが求められます。AI自動翻訳がこれをできるようになるのに、つまり英語や他の国の言葉のニュアンスを伝えられるようになるまでにどれだけのデータ入力が必要なのか、想像を絶します。もしビッグデータなどを利用して、AIが文化を理解できるようになることはあり得る話ではありますが、文化や社会背景は時代によって変わるもので規定が難しいことでしょう。このように言語翻訳は文化と非常に密接なんですね。
最近の例だと「アナと雪の女王」©WaltDisneyがわかりやすいと思います。「アナと雪の女王」©WaltDisneyとして日本では知られていますが、原題は実は「Frozen」と言います。日本語にしたら「凍った」といったところでしょうか。このまま日本に輸入したとしたら確実にヒットしていない(笑)そこで日本のディズニーの人達はこの「凍った」という映画をどういうタイトルにするか、うまく翻訳する必要があったのだと思います。
「アナと雪の女王」にしたこの意図というのは、おそらく妹とお姉さんの話にしてもっとエモーショナルなテイストにしたかったということがあるでしょう。その方が日本人好みでわかりやすかったということです。ちなみに他の国ではアラビア語で「雪の女王」、ドイツ語で「氷の女王」、ギリシャ語で「寒さの反対」、スペイン語で「凍りついた冒険」、韓国語で「冬の王国」となっています。こう見てみると面白いことに、どの国も文化が違うのでそれぞれ微妙な変化がありますね。しかしよく見ると雪や氷といった共通フレーズは入っています。
数多くある上映対象国の中でアナを入れたのは日本だけだそうです。このことからも、日本の文化が他国から遠く、翻訳しづらい対象であることが伺えます。当然のことですが、AI翻訳に「Frozen」をかけて、「アナ」が出ることはありません。日本語のAI翻訳やAI通訳の精度を上げようと思えば、そこにある日本人の文化性や感性をよく理解し、うまく伝える必要があるのです。
昔、甲殻機動隊の映画を見たときに、バトーの紹介がすごくヒューメインになっている部分が多くてびっくりしました。原作でのバトーはもっとサイボーグっぽかった。多くの日本人に受け入れられようとするとエモ的になる。同じことが、映画の字幕や歌詞、人々の会話、会議など全てにおいていえます。言語は文化そのものなんです。