独学で英語が話せる人、失敗する人8つの分岐点 英語教育300年の歴史から紐解く、今後のシナリオ 20XX年、AI通訳・機械翻訳の波を読む ビジネス英語をこれから学ぶ人へ
「グローバル人材AtoZ」 安達洋 × 福水ケビン 【特別対談】

2020/01/24 17:34

「グローバル人材AtoZ 」【特別対談】安達×福水【#03】

「グローバル人材AtoZ」 安達洋 × 福水ケビン 【特別対談】 #03

累計50万部突破!安達洋と福水ケビンの対談が実現。ソフトバンク本社で満員御礼となった対談講演内容の続編です。グローバルビジネスに必要な語学、コミュ二ケーション、人格、テクニック、ポイントなどの様々なトピックで縦横無尽に展開します。

安達 洋

米国コロンビア大学修士。中央大学法学部法律学科卒業。海外留学経験0から外資系医療機器商社へ転職。プロダクトマネジャなどを務めた後、現在は東証一部上場企業をはじめとする多くの企業の英語研修プログラムの監修を実施。「外資系で働く人の英語入門」「スティーブ・ジョブズから学ぶ実践英語トレーニング」など著書累計50万部。趣味は愛犬との散歩。

福水 ケビン

ニューヨーク州立大学藝術学部卒。現地の医療コンサルティングファームでアカウントマネージャーとして勤務。文部科学省、NHK、英語検定協会など機関に、ビジネス英語や異文化コミュニケーションのコンサルティング、講演・研究協力・プログラム提供する。「ビジネスパーソンが必ず使う英語表現204」ダイヤモンド社など著書多数。在米13年。

「グローバル人材AtoZ」 安達洋 × 福水ケビン 【特別対談】

「会議のレシピから自由になる」

福水:外国の議論はみんなが持ってる食材、つまり意見をまずテーブルに置きますよね。そしてその中で食材を組み合わせていくと何が作れるか、それを判断しましょうというアプローチですね。あるものから何が作れるか、またはあるものから何をつくるのがベストかを検討することで一貫しています。日本以外の国の文化では基本的にこの議論方法なので、日本人以外の第二言語習得者は「こんな食材もってます」と意見表明することに抵抗がないのだと思います。

一方で日本はどうかといえば、まず最終的に作りたいものが決まっている。カレーならばカレー。そしてそこに必要な具材を1つずつ確認していく作業が議論です。発言者Aがじゃがいも、発言者Bはにんじん、そしてCはおそらく豚肉、という具合に既にカレーができることはある程度みんなわかっているんですよね。これはお互いにカレーを作ることがなんとなくわかっていて、空気を読みあうからできることです。逆に日本人にとって、何が最終的に作られるかわからないことは大きなストレスで、自分の所有する食材がマッチしているかどうか大変不安になります。

こうした議論の文化や合意形成へのアプローチの違いがよくわかってくれば、グローバルの議論ももっと気楽にやれるんじゃないでしょうか。自分の食材が使われるか使われないかはチェアマン(議長や影響力の高い立場の人)に任せればいい。それよりも、この食材持ってきたよって、ちゃんと話すことにもっと多くの日本のビジネスパーソンが慣れていくときっとビジネス英語ももっと面白くなるはず。

安達:失敗もする、まずいものもできるかもしれない、でもちょっとこれ入れてみようかっていう、料理に例えるとそんな感じの議論なんでしょうね、みんな素材を出していって。 でも日本の議論はじゃがいもと人参出したらカレーだよねとか。予定調和的と言えると思います。

他にも、グローバルのビジネスパーソンって言わなきゃいけないではなくて、言いたくて言葉が溢れるって感じなんですよね。こんな食材もあるよ、あんな食材ももってきたよというように。常に特定のフィールドとか興味関心や専門があって、そこに自分の存在意義を感じていたい。この場がシーンとしてるから何か言わなきゃではなくて、言葉がワーッとあふれていく感じですかね。そしてそれがぶつかり合ってるだけのような(笑)

福水:そんな感じですね。ある意味では場当たり的なんですよね、海外の議論って。その点で日本の場合は、とても緻密に計算された議論です。この食材はこの議論に必要かってことを真剣に考えている。それは悪いことではないのですが、行き過ぎるとグローバルでは、ヒ全く発言しなかったりと非生産的に捉えられてしまうでしょう。

「議論アプローチを変えれば、独創性が上がる」

安達: 実はこの議論の方法って、ビジネスやアウトプットに影響しますよね。特にビジネスにおける着想とか思考のダイナミズムに影響していると思います。日本人同士で議論をしていると、比較的幅の狭い意見が揃います。これは同じ国民性で近しいバックグラウンドだということよりも、日本の議論が予定調和的であり、完成品を読みあっていることにあると思います。その証拠に、アメリカ人同士で議論した場合、それぞれが自分の食材を自由にボーンと出し合うので、議論の幅が広い。日本人からすると「え、そこいく?」「今、それ必要ですか?」とびっくりすることがある。

それくらい粗削りだからこそ、予想もしていなかった視点が生まれたりとか、クリエイティブなアイデアが出てきたりしやすいのだと思います。何ができるかわからないグローバル型議論と、予想と近しい無難なものを作り出す日本型議論。失敗もしないけど新しいものも生まれないっていう感じでしょうか。それは衝突を回避する日本文化や社会のいいところだとも思いますが。

福水:料理でも同じですよね。クックパッドの通りに作るのがやっぱり安心です(笑)冷蔵庫の中のもので適当に作ろうとすると不思議なものが出来上がります。予想と近い無難なものを作り出す日本型議論は、成果物やアウトプットにブレがなく、またリスクも低い。そこが利点ですね。

グローバルでの競争力を生もうとした時にこれは1つのハードルとなります。グローバルマーケットは国内市場よりも圧倒的に多くの競合が存在するので、サービスや製品がもっとユニークで差別化されていなければなりません。そうした市場にプロダクトを投入するときは、ある程度リスクがあっても、発想や創造性を豊かにする議論の方が向いています。ビジネス英語という言葉の部分だけでなく、組織力や開発力という点でも、グローバル方式の議論に学ぶことはまだあると思います。

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